日本全国書店・ネット書店で発売中です。
日本全国書店・ネット書店で発売中です。


新着情報

2017年8月29日 特定非営利活動法人リンクトゥミャンマーで、「ミャンマー語講座」「ミャンマー文化を知る講座」を始めます。ぜひご参加ください。

 

2017年8月18日 9月28日のミャンマービジネス入門講座ページ開設しました。ぜひお申し込みください。

 

2017年7月23日   多文化共生に関するひとりごとをブログにUPしました。

 

2017年6月30日 【セミナー】2017年7月27日 中小企業で「長く活躍してもらう外国人人材」活用セミナー(ミャンマー)情報をセミナーページにアップしました。

 

2017年6月26日 深山沙衣子ブログ「マレーシア・クアラルンプールで……」を更新しました。

 

2017年6月7日 国際結婚・国際恋愛を楽しみ、安泰にする3つのポイントというコラムを書きました。

 

2017年5月31日 雑誌「宗教問題」18に深山沙衣子執筆の記事「アジア宗教事件簿 ミャンマー: アウンサンスーチー氏は本当に'イスラム教弾圧'をしているのか」が掲載されました。

 

2017年5月24日  東京新聞に、理事長を務めるリンクトゥミャンマーのかながわ湊フェスタ(横浜市神奈川区にて開催)におけるボランティア募集記事が掲載されました。メディア出演履歴をご覧ください。

 

2017年3月24日 「ミャンマー人と国際結婚するのに必要な4つのポイント」というコラムを更新しました。

 

2017年3月24日 深山沙衣子ブログを更新しました。

 

2017年3月24日 神奈川県・東京多摩地区の地域ニュース紙「タウンニュース」に深山沙衣子が理事長を務めるNPO リンク トゥ ミャンマー設立の記事が掲載されました。コチラをご覧ください。

 

2017年3月17日 メディア出演履歴を更新しました。3月4日・5日のBSS山陰放送ラジオ出演を追加いたしました。 

 

2017年3月7日 深山沙衣子が理事長となる「特定非営利活動法人(NPO)リンク トゥ ミャンマー」の設立総会を2017年3月12日(日)15時より横浜市市民活動支援センターで行います。取材歓迎です。詳細はPRESS RELEASEをご覧下さい。

 

2017年2月22日 ミャンマーに関する講演経歴を追加しました。

 

2016年12月22日 2016年末のご挨拶を深山沙衣子ブログに掲載しました。来年もよろしくお付き合いの程をお願いいたします。

 

2016年12月22日 幻冬舎ゴールドオンラインで深山沙衣子の連載「ミャンマー人と『ビジネス』をするための基礎知識」の連載が始まりました。毎週日曜日更新です。ぜひご覧ください。

 

2016年11月30日 岡山県国際経済交流協会主催のミャンマービジネスセミナーで「ミャンマー進出上の留意点 ミャンマー人500人との交流でつかんだ『ミャンマービジネスのルール』とは」と題した講演を行いました。講演の様子は深山沙衣子ブログをご覧ください。

 

2016年10月26日 執筆・講演依頼メディア出演履歴を更新いたしました。

 

2016年5月20日 インタビュー記事が本紹介サイト「新刊JP」で掲載されました。


記事っぽいブログはこちら


同級生について

昨日は高校の同級生の通夜だった。享年37歳か38歳。がんだった。

「嘘だ。うそだ。うそ」と何度も口にしても、彼女の4歳ほどの娘と夫が、この世に残された現実は変わらない。

 

私が通っていた高校は、その地域では歴史のある進学校で、同級生はみな大学に進み、名の知れている企業に就職した。私だけが、20代を会社勤めしたり、辞めたり、海外放浪したり、原稿を書いたりを繰り返し、その後30代で起業して、とりあえず生きているような状態だ。参列者は、みな理系の技術畑の人間らしい、地味な風貌で、私が生きている環境にいる起業家たちのような、突き抜けた、目立ちたがり屋の雰囲気はどこにもない。亡くなった同級生も、その夫も、同じ高校出身で、大手企業に勤めていた。後輩も、同僚も、上司も、みな、一様に若い同級生の死を悼んでいた。

 

彼女も典型的な、この進学校出身者のパーソナリティを持っており、私が日本に亡命したミャンマー人難民と結婚したことをほとんど理解しがたいようだった。少し頑固で、とても美しく、しかし自分の美貌を活かした人間関係を築いているわけでも、キャリアに反映させているわけでもなかった。彼女は、自分の美貌にそこまで頓着していなかったかもしれない。

自分の勤めている企業への忠誠心が強く、ライバル社の商品は買わずに、自社商品を購入する姿を見たことがある。

 

この高校にいけば、大体の人間が、就職した企業がつぶれない限り、安泰の人生を送るものだといった雰囲気があった。私はそういう雰囲気が嫌いだった。ここになじめない自分も、学力が周囲に追いつかない自分も、規定路線の人生もいやだった。

 

彼女は私を少し批判しながら、眉を寄せて笑い、ずっと元気でいるものだと勘違いしていた。

一緒に通夜にいった友人が、私が死ぬ一カ月前に、もしそれを私が知っていて、知らせることができたら、その旨知らせてほしいと言う。急に亡くなるのはさびしすぎるからさ、と。合掌。

 

(2017年8月1日 みやま さえこ)

 

本日、ミャンマー人材活用セミナー無事終了

続きを読む